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思った以上に私のブログを見て下さる方が多いようで…一度は廃止と決めたこのブログをもう一度書こうと思います。(きっと)
と言う事でよろしくお願い致します。

11/5/2012 毎回写真をアップするのは大変なのでやめる事にしました。ついでにブログの名前も変えました。写真のアップはコチラのブログでやっていきます。当初決めていたルールも崩壊。

Thursday, June 28, 2012

ワシントンDCでのインターンシップ18日目:背伸びして上を向けた日


ワシントンDCでのインターンシップ18日目の日記。
写真はお気に入りのペン。自由の女神の島で買った。毎日毎日使ったので1ヶ月もせずにインクがなくなった。とても書きやすかった。感謝。



の日はとてもためになった。前日にとある新聞社の方に講演の後にコーヒーでもどうかと聞かれた(17日目参照)。彼は最初の週のF35の講演で会った人だ(4日目参照)。本当は違う講演の予定を入れていたのだが、彼の参加する講演に変更し、同じ講演に参加した。

行くのをやめたのはアメリカの資源問題についての講演で、代わりに行ったのがアメリカの対アジア安全保障問題についてだ。前者を登録した頃にはまだ後者の情報は出ていなかったと思う。後者の方が興味があるので結果的にすごく良かった。彼と話も出来るので。

演の内容は正直内容が薄かったように思える。東アジアの安全保障問題と言う割には韓国のことばかりを話し、中国にはほとんど触れなかった。日本についても少し触れたが、韓国のことばかりだった。結論的には、簡単に言うと、米韓関係は保ち、日本ももうちょっと頑張ってくれと。アメリカ国内的には削られていく予算もあるがそれでも出来る事をやり、作戦を練りそれを実施できる能力を高める事。”勉強になった”講演とは言えなかったが、知ることはあったので良かったとしよう。

数々の講演に参加して思うが、安全保障問題となると日本は後に置かれる。経済の問題となると話は中国ばかりになる。日本の地位後退を感じる。アメリカにとって日本は重要な国でなくなってきているように感じる。日米安全保障に頼ってられない、アメリカが日本を守ろうと思う国と思うかどうか、それをもっと真剣に考えるべきだ。独立ならぬ自立が必要だ、日本。頼ってばかりいるな。

そんな事を考えさせられた講演の後はその新聞記者H氏とコーヒー。新聞業界の事、日本の政治の事、教育問題、民主党、自民党、安部内閣、野田内閣、シンクタンク、NGOなどなど色々な話をした。自分のバックグラウンドにも興味を持って頂いたようでありがたい。政治的意見は多くの面で自分と同じ立場なので話をしていて楽しかった。将来の職業の候補が少し増えた。

れはシンクタンク。

アメリカのシンクタンクで働く日本人は非常に少ないが、シンクタンクこそが情報の発信源である。その情報発信機関に日本人がいないと言う事は、日本にその分情報が発信され辛いと言う事。新聞記者や大使館の人が情報収集をしているが、それはシンクタンクなどから発せられるもの。シンクタンク内部からのもっと深く細かい情報を国が得るためには、その国の人間とシンクタンクで働く人とのコネクションが必要であるが、そもそもそのシンクタンクに人がいなくては話にならない。

簡単に言うと、シンクタンクこそが情報の発信源であり、そこに日本人がいれば日本に情報を発信しやすくなる。これがH氏に語って頂いた内容。同意。

の後はオフィスに戻りその日の講演の報告書の作成にあたった。やけに眠くて集中できなかった。4分の1程度終らしてオフィスを去った。去り際に夜にOpen Barがあると聞く。時間は8時から。

寮の人に違う部屋を見せてもらう予定が6時からあったのでひとまず寮に帰った。缶詰のチキンヌードルを2つ食べた。胃は満たされなかった。

もう一方の部屋は広かった。静かだった。住みやすそうだった。しかし、冷蔵庫とレンジがない。キッチンは諦めてレンジと冷蔵庫があればなんとかなると思っていたが、無理そうだ。きっとそっちへは移動しない。

望のOpen Bar。Open Barとは簡単に言うと飲み放題。バーカウンターでのお酒が無料でもらえる。無料と言っても厳密にはバーを入るときにお金を払ったり、バーテンダーにチップを渡したりする。この日のOpen Barは、事前に登録をしていれば無料だったが、登録していなかったので$20払いバーに入った。沢山飲んだ。新しいアメリカ文化(?)を知った。それがFlip Cup。YouTubeで分りやすい説明を見つけた。



こういったゲーム。2回ほど参戦。結構難しかった。バーの中では誰彼かまわずそこらへんにいた人みんなで参戦。一番多いときできっと30人は参加していた。そもそも誰がそこにいるかも、勝ったか負けたかも良く分らないゴチャゴチャした状況でやったので、負けても何もなかった(一度負けたのは覚えてる)。

大半はインターン仲間と話をしたり、ラムコークを一気飲みし合ったりした。気付いたら結構な人がバーからいなくなっていた。インターン仲間も少しずつ帰っていった。気付いたら最後の1人になっていた。バスももう走ってなかったし、道が分らぬほど酔ってなかったので歩いて帰った。

間ってすごいな。帰り道の記憶は結構あるのだが、自分が知っている道に着いた後から自分の部屋までの記憶が全くない。きっと酔っていても知らない道を歩いている間は緊張感を保ってられて、知っている道に着いた途端、安心してしまうのだろう。一番驚いたのは、記憶が飛んだまま携帯の充電だけはちゃんとしていた事。

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